「Taito Style」プロジェクトレポート vol.1
text= 大我さやか(Open A)

「Taito Style」のはじまり――クラウド化する住空間の提案

太東スタイルの発起人であり、二拠点居住を実践する那部智史さん。


二拠点居住のパイオニア

馬場:太東に住み始めたきっかけは何だったのですか?

那部:15年くらい前になるのですが、子供が生まれたのをきっかけに房総の大網白里町に小さな建売住宅を買いました。その頃から房総と都内の二拠点居住を始めたのですが、家の周りを見回すと都内近郊の住宅地と様子が全く変わらないのです。その後「どうせなら海が見える所まで行ってしまおう」ということになり、2004年に房総の家を太東に移すことにしました。私自身もサラリーマンを辞めてベンチャー企業を立ち上げるという、ワークスタイルの大きな変化があった頃でした。

馬場:今でこそ二拠点生活って普通に聞かれるようになってきましたけど、15年前といったらかなり珍しいですよね? なぜそんなことを考えたのですか?

那部:人が居住にかけられるコストは決まっていますよね?  例えばそれが5000万円としたら、都内で考えるとすごく小さなマンションしか手が出せない。立地も23区の外れとか、千葉の郊外とか......。そのことにとても疑問を持ったんです。であれば、1500~2000万で都心のワンルームを買って、残りの3000万円で房総の広々とした土地に家をつくる。同じコストでも、ライフスタイルが全然違う。曜日ごとに住む場所を変えていくという方法もあるなと思ったんです。都内の住居はもう書斎だと割り切ってコストを抑え、週末は房総の「自分の家」に帰るという住み分けです。

馬場:20代でそのことに気づき、実践していたなんてすごいですね。でも、ベンチャーを立ち上げたばかりって、すごいプレッシャーがのしかかる時期じゃないですか。そんな忙しいときに、二拠点生活をすることによって何が良かったですか?

那部:太東に家を建てたときは東京での仕事も忙しくなっていて、必然的に平日は太東に帰れないという状況でした。でも、最初から「住み分け」という考え方で家を建てたので、それは苦にならなかった。むしろ移動することによってスイッチが切り替えられました。毎週末、ストレスを脱ぎ捨てていくような感覚です。もしも東京に365日24時間ずっといたら、プレッシャーに押しつぶされてしまうかもしれない。でも、ここだったら携帯電話の電波もつながりにくいので、電話に出たくなければ「電波が悪くて......」と言えばいいのですから(笑)。

馬場:それは使えるなあ(笑)。